彼は素材屋

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素材屋の日常


 ある業界では、世界的に有名な人物がいた。知っている人物――魔法使いや冒険者、錬金術師や貴族など――に聞くと「キョーチ」だとか「キイチ」だとか「ヨイチ」だとか呼称はばらばらであるが、同一人物だ。大抵の人は頭に「素材屋の」と頭につける。

 正確な名前は恭一といい、見た目はさえない普通の青年だ。黒髪に焦げ茶の目、黄色がかった肌、どれも特に奇異というわけでもないし特筆すべき点もない。
 が、そのありふれた容貌とは裏腹に、彼の実力は世界でも屈指のものと称されている。普段は世界各国を飛び回っているため、彼本人に直接会うのは結構難しい。

 さて、そんな恭一は、かつては至って普通の日本人だった。

 しかしある時、何の因果か自称神によって彼は日本どころか地球から、否、世界からつまみだされ、お詫びという建前で人間としては桁外れに多い膨大な魔力をぎゅうぎゅうに詰め込まれ、着の身着のまま平成日本からファンタスティックな異世界へと送り出された。

 自称神は恭一を異世界へと送り出す際にぐだぐだと言い訳にもならない言い訳を言っていたが、恭一はその言葉を信用していない。
 何しろいきなり白い空間に放り出されたと思ったら、いかにも子供っぽい声の自称神様にとってつけたような棒読み台詞で啓示とやらを下されたのだ。八百万の神は否定しない恭一だが、そんな神様は断固として神として認めたくない。いたとしても間違いなく邪神だ。まがつ神だ。

 それはさておき、恭一が新しい人生を送ることになった世界は魔法も錬金術もギルドもモンスターも妖精もドラゴンも存在するある意味王道ともいえるファンタジー世界だった。もちろん王様やお姫様だっている。悪い魔法使いや悪魔だっているらしい。幸いにして魔王は不在らしいが。

 そんな世界で恭一が選んだ職種というのは魔法使いでも錬金術師でも冒険者でもドラゴンナイトでもない。
 彼の趣味は観光。次いで珍品コレクション。よって彼が選んだのは先述のファンタジー職業ではないが、彼らととてもつながりの深い職業――すなわち、素材屋だった。
 素材屋というのは魔法、錬金術、料理、工芸など多岐にわたる分野の素材を調達するのが仕事だ。調達屋と言い換えてもいい。彼はその分野ではかなりの有名人となっている。




 とある国の王都にある恭一の店は、もとは骨董屋だったというテナントを買い取ったものだ。
 レンガ造りの壁と、採光用を兼ねた小さな四角いショーウィンドー。床は板張りである。
 見た目はこじんまりとしていてありふれた店構えであるこの店だが、実は見る人が見ればとんでもなく金のかかった外装だと知れる。
 が、その店の看板などは、事情を知らない人が見ると自信過剰ととれるものである。樹齢千年の妖精の木から削りだされた一枚板の扉にかかったレアメタルのゴリハス鋼の看板に書かれた文字はズバリ、『世界一の素材屋』。
 王都の外れにあるこの店は、人通りはあまりない場所にあるにも関わらず、店主が張った結界によって二十一世紀のセキュリティシステムも真っ青な安全性を保っている。
 よって、彼の店に来るのはある程度はまっとうな人間だ。




 素材屋の入口のベルが鳴った。

「らっしゃーせー」

 やる気のない店主の声が響く。
 入ってきたのは藤色の髪というなんとも常識はずれな髪色をした青年だ、彼は王宮勤めの魔法使いをしている。名前をアーデルベルトという。怜悧な美形で女性に大層もてるため、店主――すなわち恭一から何かと嫌味を言われている。

「んだよ、アーデルベルトか」

 客の姿を確認した店主は再び椅子に身を沈めると、カウンターの上に足を投げ出した。

「それが客に対する態度かね、キョウチ」
「恭一ってちゃんと発音できたら改める」
「キョイーチ」
「違う恭一だ、馬鹿」

 アーデルベルトは無言で眉をしかめた。とはいえ、こんなやり取りはしょっちゅうである。それでもアーデルベルトがこの店にやってくるのは店主の口の悪さを差っ引いても魅力的な商品がそろっているからで、

「頼んでいた虹色の水は手に入ったかね?」
「おう。聞いてた通り、ロッケンタールの湖の底にあったよ。請求書はいつも通り王宮に送っとく」

 と言って恭一はひょいと小瓶を投げる。アーデルベルトは慌ててそれを受け止めた。小瓶の中には光を受けて七色に輝く水がたたえられている。それは間違いなく、アーデルベルトが求めていた虹色の水であった。
 恭一は実に軽い口調で言うが、件のロッケンタールの湖というのは巨大なモンスターがうようよしており、畔を歩くだけでも危険といわれる場所である。ましてや底にもぐって目当ての物を見つけてくるなど、それこそ人並み外れた能力を持たなければできるわけがない。

「ちなみにどうやってとってきたか聞いてもよいかね」

 毎度のことながら余裕綽々の様子の恭一に、アーデルベルトは半ば呆れながら尋ねた。といっても、彼の返答はいつも決まっている。

「潜って取ってきたに決まってんだろ。結構スリルあったけど、面白かったぜ、ロッケンタール」

 そう言って恭一はいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべるのだった。

「こんちはー。キョーチいるかー?」
「そんな名前の男はいねーよ、クルト」

 入ってきたのは眼帯の少年で、名前をクルトという。頭は見事な総白髪である。彼は城下で仕事をしている凄腕の錬金術師だ。眼帯によって右目を隠していてもなお魅力的なベイビーフェイスをしており、それゆえに女性からもてるため、彼もまた恭一からたびたび嫌味を言われている。クルトはモテない男の僻みとして右から左に聞き流しているが。

「発音しづれーからしょうがねえじゃん。でさ、不死鳥の羽ってどのくらい買える? 錬成に必要でさぁ」

 クルトはカウンターに身を乗り出しながら尋ねる。
 恭一はやれやれと肩をすくめると立ちあがった。クルトは態度は悪いが上客のうちの一人である。いい加減な性格の男だが、実力だけはぴか一なので仕事には事欠かないのだ。
 恭一は背後にある本棚から背表紙に「商品カタログ」と書かれた本をとりだした。その本をカウンターの上に置くとページをめくり、あるページで手を止めて紙面をダブルタップする。
 すると、白いマジックスモークとともに、軽くひと抱えはあるだろう不死鳥の羽が現れた。

「で? ご覧の通りストックは潤沢だが、何枚買うつもりだ? 十枚単位で買うなら若干の値引きは検討するが」

 と恭一が言うと、それまで口をあんぐりとあけていたクルトが目を剥いた。
 不死鳥の羽といえば、一枚手に入れるだけでも冒険者が苦心惨憺しなければならないという超レアアイテムだからさ。決してひと山幾らのアイテムではない。

「おい、こんなにどうやって用意したんだ!? 不死鳥一匹くらい死んでないか?」
「不死鳥が死ぬか! 俺が飼ってるんだよ」

 その言葉に客二人は絶句した。そもそも不死鳥というのは生息地すら判然としない、姿を見れたら奇跡と言われる生物である。それが人に飼われるなど、空前絶後の話だ。

「どどどど、どうやったらあの不死鳥をペットに出来るんだ!?」

 興奮して唾を飛ばすクルトを恭一は嫌そうに見た。さりげなく商品に唾がかからないよう結界を張っている。潔癖症というほどではないが、商品管理は大事である。

「企業秘密だ。慣れればかわいいぞ。あと唾飛ばすな汚い」
「キョーチはいつもそればっかりだ! 今日こそはそのノウハウ、教えてもらうからなっ!」

 カウンター越しにクルトが恭一の胸元をつかもうとする。
 と、横からクルトの喉元に剣の切っ先が突き付けられた。

「マスターに乱暴はよしてください、クルトさん」
「出たな、留守番」

 クルトはカウンターから離れると身構えた。
 彼に剣を突き付けているのは人猫族という猫と人を足したような種族の、自称恭一の一番弟子だ。人猫族は進化の法則をどう無視したのか猫耳としっぽを持つ以外は見た目あまり人間と変わらない種族で、かの自称一番弟子はオレンジ色の毛並みの――美少年だった。名前をルッツという。一年ほど前に奴隷商人に捕まりかけているところを恭一に助けられ、以来押しかけ弟子として恭一に甲斐甲斐しく尽くしている。が、彼の頑張りもむなしく、恭一が素材集めに出かけるときは大抵留守番を押しつけられている。
 ルッツは恭一至上主義を公言しており、彼に害をなそうとする者には容赦しない。マスターのためならたとえ火の中水の中! と言っては恭一から嫌がられている点がさらに哀れである。

「二人とも、野蛮なマネはやめることだな」

 アーデルベルトが剣呑な雰囲気の二人を見ながらため息をつく。アーデルベルトはクルトとも旧知の仲であり保護者役であることもあり、無駄な暴力沙汰は看過できないのである。恭一はいつものこととして二人を無視し、特殊な魔法でカードにした素材を整理するのに余念がない。
 と、そこへのんびりした調子の足音が近づいてきた。

「みなさん、お茶をどうぞ〜。キョイチさんは、今回はお早いお帰りでしたね〜。ロッケンタールにしか行かれなかったんですか〜?」

 のほほんとした口調でお茶を配るのはこの素材屋の会計係であるトニだ。フワフワした天然パーマの金髪と丸眼鏡、そして性格がそのまま表れたようなのほほんとした顔をした青年である。トニもまた美青年と言って過言ではないのだが、性格が性格だけに恭一から嫌味を言われる頻度が極端に少ない。言っても通じないという面もあるが。そもそも彼をスカウトしてきたのは恭一だ。

「ん、まあな。ロッケンタールで色々素材が手に入ったから一度こっちで確認しようと思って。うちでやった方が落ち着くし。それに写真も整理したいしな」

 そう言って恭一は愛用のデジカメをとりだした。この世界では完全なるオーパーツのそれは、恭一の反則級の魔力で生み出されたものだ。いくら使っても電池の減らない優れものである。メモリーも上限知らず。その上、ダイヤルの合わせ方によっては素材をカードにできるという特殊な魔法が使える。

「キョイチさんの写真コレクションもずいぶん溜まってきましたね〜。もう全世界を回っちゃったんじゃないですか〜?」

 彼の部屋に存在する膨大な写真コレクションを思い出しながらトニが言う。しかし恭一は首を振った。

「まだまだだろ。俺、もっと秘境とか行ってみたいし。遺跡とかももっと回りたいしな」

 まだ見ぬ風景に思いをはせる恭一の瞳はきらきらと輝く。そのすぐそばには今にも戦闘を始めそうなほど緊迫した二人がいるが、恭一の眼には入っていないらしい。

「ならば俺様とコンビを組んで冒険者になれ! 世界中を回れること請け合いだ!」

 やたらと自信満々な野太い声が入口から響く。
 入ってきたのはギルドでも腕っこきの冒険者、ヴォルフだった。焼けた肌とたくましい体、端正ではあるが野性味あふれる渋い顔、そして豪快な性格によって女性にもてている。例によって例のごとく恭一からたびたび嫌味を言われていた。

「断る。俺、冒険者になりたいわけじゃないし」
「む。しかし世界中を回りたいのだろう?」
「珍しいものを見たいだけだ。観光したいだけであって、依頼を中心にしてるわけじゃない。俺が依頼を受けるのだって珍しいものを見れるからってだけだし」

 このファンタジーな世界において、こと魔法使いや錬金術師というのは珍しい素材を必要とする。珍しい素材を求めている人間は、それを得るための方法を恭一に教えてくれる。虹色に輝く水、百年に一度咲く花、歌う樹、その他恭一の想像すらできないもの。そう言った素材を目にするのが恭一の何よりの楽しみである。

「しかしその剣の腕を錆びつかせるのは惜しいではないか!」
「俺は惜しいとは思わないね」

 恭一の剣も魔法も古今無双と言えるほど強い。が、それは単に魔法で体を強化し、ボディコントロールと戦闘プロセスを最適化しているだけである。彼の実力ではない。

「しかしキョウイチ、大きな力を持つ者には大きな責任があると思わぬかえ?」
「どっから沸いて出た、テオ」

 いつの間にやら店内の、それもカウンター内で自身の隣に立っていた人物に、恭一は眉をしかめた。恭一は肩に置かれたテオの手を嫌そうに払いのける。

「お忍び中のわらわのことはテアと呼べ、キョウイチ」

 テオは眉をしかめて言う。
 自称テア他称テオは、深紅のドレスにプラチナブロンドの縦ロールで一人称がわらわという、いかにもお姫様っぽい雰囲気の――王子様だった。もともと女性的な顔の上に綺麗に化粧が施され、かわいさを最大限に引き出すドレスを身にまとっている姿はそんじゃそこらの女の子よりも美少女然としている。彼は自身の格好は変装であり世をしのぶ仮の姿だと主張しているが、単なる女装癖であろうというのが周囲の共通の見解である。

「キョウイチ、お主の力は人一人が持つには余りあるものじゃろう。そういったものは、国民全員で分ければいいのじゃ」

 とまあ、こんな風にたびたび恭一を自身の王国の専属にしようと試みている。が、恭一の答えは決まっていて、

「いやだ、断る」

 と、このようにどきっぱりと断るのである。
 恭一がテオのことを女だと勘違いしていたころは若干下心で揺れていたが、彼が男だと知ってからは毎度この調子である。性別をばらすんじゃなかったとテオが後悔しているとかいないとか。

「しかしお前の強大な魔力は魔法の発展に大いに役立つだろうし……」

 と、テオに同調するのは王宮勤めのアーデルベルトだ。

「だったら、錬金術師になった方がいいじゃん。魔法使いの連中なんて、国民にほとんどおこぼれわけあたえねーし。一緒に工房やろーぜキョーチ」

 アーデルベルトに負けじとクルトが主張する。

「いや、俺様と一緒に一流の冒険者に!」

 と、ヴォルフが鼻息荒く言う。

「マスターは僕のマスターです!」

 と、ルッツが憤然と主張する。

「ふふ、キョイチさんは人気者ですね〜」

 と、一人安全圏の椅子に座ってお茶を飲みながら言うのはトニだ。
 それほど広いとは言えない店内で男ばかりが恭一の傍に集まってぎゃあぎゃあ騒いでいる。たとえそれが世の女性が見たら歓喜しそうな美形集団でも、恭一にとっちゃ単なる野郎どものむさっ苦しい集団である。
 いつ追い出そうかと恭一が考えていると、入口のベルが鳴った。

「あ、あの、すみません…………」

 か細い声は珍しくも女性のもので、恭一の機嫌はあっという間によくなった。

「お前ら『静かにしろ』!」

 恭一の魔法によって、うるさい来客たちは強制的に口をつぐまされた。

「はい、いらっしゃいませ、どうぞこちらへ!」

 上機嫌の恭一は女性をカウンターへといざなう。女性は年のころは二十歳前後、整った顔立ちと亜麻色の髪の美しい女性で、ありていに言うと恭一の好みだった。
 当初はうつむいておずおずと近寄ってきていた女性は、前を見ていなかったばっかりにカウンター前にいたヴォルフにぶつかった。

「あ、ご、ごめんなさ……!」

 咄嗟に顔をあげて謝った女性の顔が赤く染まる。

「ヴォルフさん、お客様が座れるように場所を譲っていただいても?」
「邪魔だってよ、ヴォルフ」

 ルッツとクルトが言う。声の方に顔を向けた女性はますます顔を赤らめてそわそわしだす。

「ふむ。失礼した。私が場所を譲ろう。どうぞこちらへ」

 そう言ってアーデルベルトが女性のために椅子を引いた。

「すぐお茶を用意しますから、少々お待ち下さいね〜」

 と、トニがにっこりと笑った。
 そこまで来れば女性は耳まですっかり赤くして、やたらと美形にあふれた店内に落ち着きなく視線をさまよわせていた。

「緊張するでない。取って食いはせぬからな」

 テオが妖艶に笑えば女性はしまいに瞳すら潤みだして、

「あの、しし、失礼しますっ!」

 と、逃げるように店から出て行ってしまった。恭一とはついぞ視線が合わなかった。

 店内に微妙な沈黙が落ちる。

「…………悪かったな、キョウチ」

 なんともばつの悪そうな顔でアーデルベルトが言う。

「おやおや、帰られちゃいましたね〜」

 と、トニは心底不思議そうだ。

「ははっ、とんだ冷やかしだな。で、話は戻るけどキョーチ、俺と一緒に錬金術師になろうぜ」
「いや、冒険者だ!」
「これ以上マスターの仕事を邪魔するようなら、僕が排除しますよ」

 客のことなど気にも留めずにクルトとヴォルフが言う。ルッツは再び剣のつかに手をかけていた。

「せっかくの女性客だったのに邪魔して悪かったのう、キョウイチ」

 妙に同情っぽくテオが言ったことで、恭一の堪忍袋の緒が切れた。
 額に青筋を浮かべた恭一は一言。

「お前ら『帰れ』」

 恭一の問答無用の転送魔法によって、彼らはそれぞれの家へと一瞬で強制送還された。

「キョイチさん、ルッツ君もどこかへ行っちゃいましたよ〜?」

 唯一店内に残っていたトニが困り顔で言う。

「ほっとけ。そのうち戻ってくるだろ」

 恭一はさほど気にすることなくやや不機嫌ではあったがコレクションの整理に戻った。
 ちなみに息も絶え絶えなルッツが戻ってきたのはそれから五時間後のことだった。



 恭一は素材屋である。
 魔法、錬金術、料理、工芸、多岐にわたる分野の素材を調達するのが仕事だ。
 それがどんな秘境にあるものでも、どれだけ命が危険にさらされるものであっても、彼にとってはお茶の子さいさい、納期を守ってしっかり調達してくれる。
 素材の調達には何かしらドラマがあったりして、彼の友達は順調に増えている。また、彼のすさまじい実力を知って自分の仲間になってくれと頼み込んでくる人も少なくない。というかかなり多い。
 それらをちぎっては投げちぎっては投げしている恭一は、観光とコレクションという彼の両方の趣味が楽しめる素材屋の仕事が大変お気に入りであった。

 しかし静かになった店内で茶を飲みながら、恭一はふっとため息をついた。

 彼は自称神様から反則レベルの能力を与えられた。それを生かして命の危険に晒されることなく、世界各国を物見遊山してきた。それは大いに結構。珍品名品をこの手にすることもできた。万々歳だ。
 しかし、しかしだ。恭一は思う。なぜ最強の自分の周囲には、やたらと美形な男(さらに忌々しいことにほとんどが優秀)しか集まってこないのだろうか。
 恭一だって男である。それなりにロマンは持っていた。神から与えられた強大な力を使って有名になり、あちらこちらで女の子から好意を寄せられたりしないかな、と。その中でも一等かわいい子と空中散歩、海底へのピクニック、雲の上での結婚式、なんてものも夢想した。ところがどっこい、綺麗な女性を侍らすどころか恭一の周りに集まるのは個性豊かな美丈夫たち、あるいは打算にまみれた老獪な国の上層部ばかりである。親しいガールフレンドすらいやしない。
 せめて男装娘。それがだめでも獣娘とかはなかったのか。道具に宿ったロリ少女でもいい。恭一は心中で地団太を踏んだ。
 素材集めに行く先々に仲良くなる女の子がいないというわけではない。しかしその後、たとえば恭一に転職の説得をしに来たアーデルベルトにその子が一気にフォーリンラブしたり、彼を追いかけてきたルッツに母性本能が大いに刺激されてショタコンに目覚めたり、女ったらしのクルトに口説かれてそっちについていったり、他にも恭一の知り合いとなった美形の男の方に女の子たちがとられていくのだ。さっきの女性客がいい例である。付き合いの長い短いに関係なく、美形プラス若くて優秀というのは女の子たちにとって非常に魅力的であるらしい。
 残念極まりないことに、チートな能力を振るっても有名になっても彼の周りに女っけはない。もてない。噂すら立たない。
 逆に男に関する噂は嫌になるほど立つ。消しても消しても後から後から湧いてくる。恭一はこのファンタジー世界の不条理に密かに泣いた。
 自分にチートな能力を与えた神様は何を望んでいるのだろうか、とたまに恭一はやるせなくなる。神様は腐っていないはず。きっと。多分。そうだったらいいのにな。

 今日も今日とて世界一の素材屋を自称する恭一の店には、数多の男がやってくる。その目的は違えども、むさくるしいことに違いはない。
 それが嫌になって店を飛び出し世界中を飛び回っても、行く先々で出来るのは男友達ばかりである。しかも優秀な美形ばかり。そしてそいつらのせいで恭一が気になる女性たちはことごとくかっさらわれていく。切なさ乱れうちである。

 俺は自分の人生を楽しむだけだとうそぶきつつも、己の女運のなさを嘆く恭一だった。


 王都の外れにある世界一の素材屋。彼に頼めばこの世で手に入らぬものはない。もしもあなたにどうしても手に入れたいものがあるならば、彼を頼ってみるといい。
 彼は世界一の素材屋だ。どんなに貴重なものも苦労せずに手に入れてくるだろう。
 彼自身の恋人となる女性以外は。


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