家事手伝いシリーズ その1

家事手伝い、異世界へ行く

 ふっとめまいがしたと思えば、眼前に広がる風景ははテレビのチャンネルを回したかのように切り替わった。目の前にはどう見ても日本人ではない上に見慣れない格好をしたむさい男が三人と、ごつい女が一人いた。
 周りは明かり一つない深い森。夕方というわけではないだろうが、木々がうっそうと茂っているので薄暗い。虫が飛んでいるし動物の声や葉擦れの音がする。マジで森だ。まかり間違っても近所のスーパーの駐車場ではない。

 そんな場所に私はなぜかジーンズに白色のカットソー、そして手にスーパーのビニール袋という格好で立っていた。かなり場違いである。いや、さっきまでいたスーパーでは全然浮いていなかったのだ。場所の方が急に切り替わったせいである。

「……これが?」
「ああ、そのはずじゃが」

 目の前の男二人が会話する。不審そうに私を見ているのは筋肉だるまという呼称がふさわしい大きな男で、身長は二メートル近くあるんじゃないだろうか。肩当てやグローブなどの防具らしきものをしている。もう一人は髭もじゃのローブの男。口調的には年齢がいってそうだが、フードと髭の間から見える肌は思いのほか張りがあるのでそこそこ若いと思われる。筋肉だるまよりは小柄だが、成人男性としては平均的な身長である。おとぎ話の魔法使いのような木の杖を持っている。あのぐるぐる渦を巻いてる部分って木のどの部分を使っているのだろう。

「あの、ここは一体? あなた方は?」

 なんとなくだが、私をこの場に連れてきたのはこの人間たちだと思ったので尋ねてみる。するとそれまで黙っていた男がすっと前に出た。
 身長が高く、薄暗い中でもわかるくらいに眼力が強い。精悍な顔つきで全身を鎧で覆った姿は騎士のようである。この男がリーダーなのだろう。そういう風格がある。

「突然お呼び立てして申し訳ない。俺はリチャードと言う。あなたにぜひとも協力していただきたく、ヒューズに無理を言ってあなたを召喚した。こちらの用事が済み次第、あなたは元の世界にお返しする」

 おやおや、これはもしかして異世界召喚ってやつですか。道理でコスプレにしては使い込んでる感のある防具のはずだよ。しかも彼らの見た目は日本人とは程遠いし。
 さっきまで私スーパーの前にいたものね。買い出し終わったから家に帰ろうとしてたものね。一瞬でこんなところにワープだなんて、超常現象だとしても不思議じゃないよね。
 きょう日の異世界召喚は二十歳すぎの家事手伝いまでも召喚するのか。時代の流れを感じるなー。異世界召喚の歴史なんて知らないけれど。それに用が済んだらすぐさよならなんて、なんともお手軽じゃないか。

 私が感慨にふけっていると、四対の視線を感じた。あわてて彼らに意識を戻す。

「それで、私が協力することとは?」

 いかにも勇者だか英雄だかご一行っぽいのに呼ばれるとは。しかも城ではなく森の中。
 異世界の人間を呼んでまで解決しなければならないこととは一体何なんだろうか。

「ああ、実はとても大切なことなんだ」

 リーダー格の……名前なんだっけ。り、りっちゃん? あ、リチャードか。まあ彼が深刻そうな顔で言う。他の面々もとてつもなく真面目な顔をしていた。
 言っちゃあなんだが私はごくごく普通の家事手伝い。出来ることは限られているのだが。

「あなたには…………我々の夕食を作ってほしい」
「……………………夕食、ですか?」
「ああ、夕食だ。出来れば明日の朝食の準備も」

 うん、これは言ってもいいよね。

「自分たちでしてください」
「そこを何とか!」
「わしらを飢え死にさせる気か!」
「死活問題なんだ!」
「お願い、おいしいご飯が食べたいの!」

 私の一言に、それまで黙っていた他の三人まで口々に食い下がってきた。
 なんでやねん。

「食事の準備ぐらい自分たちで出来るでしょう!? 食えりゃいいじゃないですか」
「まずい食事だったら明日の活力につながらないんだよ!」
「もうずっとまともなご飯食べてないの!」

 特に女性の声には鬼気迫るものがあった。白っぽくて長い髪を後ろにくくったたくましい四肢を持つ彼女は、女性でありながらとても強そうだ。その女性に迫られるととても怖い。

「すみません、もうちょっと事情を詳しく説明していただいても?」

 内心でビビりながら言えば、四人は我に返ったようだった。
 最年長っぽい髭の推定魔法使いがこほんと咳払いをして説明を始める。

「実は、我々は魔王を倒すという使命のために世界のあちこちを回り情報を集めておった。強敵もおるだろうということで国でも最強と謳われる者たちを集めたわけじゃ」

 おお、まさにいかにもな話だ。見た感じ、リーダーが剣士でマッチョが格闘家、髭が魔法使いで女性がアマゾネス、じゃなかった、弓矢使いだろうか。そんな感じっぽい。

「皆戦いにおいては右に出るものがおらぬほど優れておるのじゃが……それ以外はとんと苦手でなぁ。特に料理などは誰一人としてできん」

 その言葉に他の三人がうなずく。

「情報収集といっても町が中心じゃから、宿や酒場での料理がある。町から町への移動の際は野営が主じゃが、それでも今までは耐えておったんじゃ」

 ならこれからも耐えてください、という言葉を私は呑み込んだ。
 私は空気の読める女。今はそういう雰囲気ではない。

「じゃが、最近とうとう魔王の居所を突き止めてな。今は魔王を倒すべく魔王城へと向かっておる最中なんじゃ」

 魔王がいるってことは魔物もいるってことなんだろうけれど、周囲を見回してみてもごくごく普通の森にしか見えない。

「魔王城は近いんですか?」

 言下に勇者ご一行が暗い顔つきになった。
 アマゾネスがため息をつく。

「魔王城に行くには、古来の呪術に則ってある道のりを決まった順に歩かなければならないの。洞窟を抜けて森を抜け、山を登って地下にもぐり、もう一度山を登って森をひたすら歩く必要があるのよ」

 ずいぶんと面倒くさい手順を踏まなければならないようだ。ああ、だからこそ今まで魔王城へ行くための情報を集めていたのだろうか。

「日数にしておおよそ二百日、ね」

 言った途端、彼らの間にどんよりとした雰囲気が漂う。

「ちなみに今何日目ですか?」
「五十日目だっ」

 苦悶に満ちた声で筋肉だるまが言う。
 なるほど。つまり、

「いい加減、まずいものは食いあきた、と」
「その通り!」

 リーダーのりっちゃんが力強く言う。

「じゃあなんで同じ世界の人呼ばないんですか?」
「召喚は規模がどうしても大きくなりがちだから、同じ世界の人間は近すぎて呼べないんだ」

 りっちゃんはしょんぼりして言う。隣の家に行くのに新幹線を使うようなものだろうか。そりゃ呼べない。

「や、でも私料理は出来ますが調味料とか食材がありませんし」

 と言いかけてはっと思いだす。自分が手に何を持っているのかを。スーパーで一週間分の食料を買いだめしたばかりなのだ。

「…………食材はともかく、調味料がありません」

 私の持っている食材は野菜中心で、玉ねぎかぼちゃ、ピーマンなすび、あとねぎとキャベツ。それから牛乳と野菜ジュースだ。あと少々のお菓子。

「それならば問題はない。異世界からの壁を越えた人間には、一つ能力を付加することができる」

 なにそれカッコイイ。
 私は一瞬期待したのだが、

「お主には思うまま調味料と水を出す能力を授けた」
「使える範囲狭くない!?」

 どうせならおいしい料理が出せる能力とかでいいじゃん。なぜにそんな中途半端な。

「これでも最大限の付加じゃ。授けられる能力にはかなりの制限があるんでな」

 偉そうに威張ってますけど、どれぐらいすごいか異世界人にはわかりかねます。

「勿論、報酬はお支払いする」

 りっちゃんが戸惑っている私に言う。

「でも通貨違いません?」

 報酬と言えばマネー。もしくは現物支給であるが。
 するとおもむろにりっちゃんが布袋の中から物をとりだした。
 彼の掌の上にあるのは、大粒の宝石。

「倒した魔物から得たものだが、今の我々には必要ないものだからな」
「その話、乗りましょう」

 二つ返事で快諾すると、ご一行からも快哉が上がった。





 と、いうわけで。

 今までしがない家事手伝いだった私は、その日から現実と異世界を行き来しては勇者ご一行の料理を作っては宝石を貰うという期間限定アルバイトを始めたのだった。
 勇者ご一行が魔王を倒したころには、私はすっかりお金持ちとなっていた。

 嗚呼素晴らしきかな、異世界召喚! 

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