家事手伝いシリーズ その3

家事手伝い、宇宙へ行く その1

 明日は我が親友殿の誕生日である。
 よって、盛大なホームパーティーをしようではないかということで、私はスーパーでしこたま材料を買い込んでいた。
 もうお誕生日会なんてものを開く年齢ではないのは重々承知しているが、金銭的にも時間的にも余裕があるとそういうことをしたくなるものなのである。無尽蔵に金を産出できる親友殿が私の傍にいる限り、働いたら負けかなと思っている。最近私は家事ですらアウトソーシングしがちであるので、家事手伝いというよりはニートに限りなく近い何かである。そろそろ人間としてヤバい気がする。

 それはさておき、明日の料理は親友殿のリクエストにより和食づくしだ。

 かつて料理人を目指したが諸事情によりドロップアウトして家事手伝いになった身とはいえ、伊達に料理人率高い一族の中で暮らしてきていない。元京都の板前さんという料理教室の先生の下で磨いた料理の腕を披露してくれるわ!

 と意気込んでいた私は、気づけば慣れた感覚の後にメタリックな空間に佇んでいた。
 私の周囲に集まっていた人たちがざわめいた。

 あれ、周囲の景色は違うけどこの感じなんか激しくデジャブ。

 全員見知らぬ顔だ。容姿は全員日本人テイストな成人男性が七人。ティーシャツに長ズボンというラフな格好をしている。

「信じられない! 吉岡の言うことが本当だったんだ!」

 一番体格のよい男が感嘆の声を上げる。

「あー、君。日本語は分かるかな。こんにちは? ニイハオ? アンニョンハセヨ?」
「あ、大丈夫です。日本人です」

 思わず返事をすると七人が歓声をあげた。なんなんだ、どういう状況なんだ。

 私は周囲を観察する。

 やたらと狭い室内だ。せいぜい八畳ぐらいしかない上に天井が低い。二メートルあるかないかぐらいだろう。大の大人が八人もいるには手狭だ。
 出入り口らしい扉にはノブが見あたらず、脇にカードリーダーとボタンがあるからそれで開閉するのだろう。
 内装は全体的に白っぽく、白い天井や壁にパイプが這っている。床は硬質な素材でできていた。私の足下には油性ペンで書いたような魔法陣が描かれている。一つだけある窓の前にはメタリックな色合いのカウンターと椅子が設置されており、窓の外には瞬かない満点の星が浮かんでいた。

 一瞬高層ビルにいるのかと思ったが、いや待て。星が瞬かない場所と言えば、

「宇宙……?」
「ご明察!」

 と、やたらと快活な声が室内に響いた。
 視線を転じてみると、周囲にいた人の中でもひときわ髪のもじゃもじゃした男が目を輝かせていた。

「はじめまして、僕はこの宇宙船のブレーン、吉岡だ」
「誰がブレーンなんだよ! お前はニッポニアニッポン号一の奇人だろうが!」

 と、即座につっこみとともに鉄拳が吉岡という人の後頭部に入った。いいつっこみだ。
 それにしてもニッポニアニッポン号というのは船名なんだろうか。世界に通じるかもしれないけど日本では通じなさそうなネーミングだ。鳥の学名て。
 っていうか、もしかしなくとも、この人たちは日本人?

「なるほど。で、朱鷺号の方々が私を呼ばれたということですね?」

 私が尋ねると、周囲の人たちが少々驚いた顔をした。

「うまくいった。やっぱり君は間違いなく日本人だ。それに教養レベルも低くない、冷静な女性だ」

 何故か吉岡さんから絶賛された。冷静なのは単に召喚慣れしているなんだけどね。でも言ったら絶賛から一転電波さん扱いされそうである。

「いや待て吉岡。単に俺たちの特集のテレビジョンでも見てたんじゃないか?」

 と、角刈りの男性が待ったをかけた。有名人なんだろうか。いや、でもこんな顔の宇宙飛行士なんてみたことないな。

「何を言ってるんだ、高井。そんなのあり得ない。ナンセンスだ。帰国予定はとっくの昔にすぎてる。通信も断絶してるし、本国は俺たちが死亡したと思ってるに決まってる」

 吉岡さんの言葉に高井さんはぐっと言葉に詰まった。

「二人とも、落ち着け。まずはこちらの女性に事情を説明しないと。こちらの方も理由もわからず呼び出されたんじゃ怯えるだろう」
「理由って食事作りですよね?」
「君はテレパスか!?」
「そんな馬鹿な」

 私は思わず本音が漏れた。テレパスどっから出てきた。
 私を呼びだした人たちは口をあんぐりと開けて驚愕を露わにしている。なかなか新鮮なリアクションをしてくれる人たちである。
 いや、だってねえ。二回も似たような理由で呼び出されてりゃ見当もつくというものだ。



 さて、若干騒然とした雰囲気になりかけた室内だったが、いち早く冷静になったらしい吉岡さんがことの経緯を説明してくれた。





 この宇宙船、ニッポニアニッポン号――面倒くさいから以下朱鷺号は、地球の日本から飛び立った有人宇宙船であった。八人の宇宙飛行士を乗せた朱鷺号は、広い宇宙を渡ってとある惑星へと調査へ向かった。

 さて、有人宇宙飛行の何が一番ネックになるかというと、乗っている人間である。
 人間が乗っていると酸素はいるし、食料もいるし、水もいる。その上人間の寿命は短いし青年期はもっと短い。
 太陽ですら八十光年の距離がある。前人未踏の惑星というのは何百光年、何千光年も先にある。不老不死の仙人でもなければ生きて到達するなどできない。
 そこで使われたのがコールドスリープ技術だ。人為的な冬眠である。冬眠状態にすることで極端に新陳代謝やらもろもろを遅くさせ、老化を遅らせる技術だ。これにより、実際には何十年が経っていようとも若々しいままに宇宙を渡ることができるというわけだ。

 といっても全員が全員寝ていると万が一の際の発見が遅れる。それぞれが交代しながらも一年のうち一週間ほどではあったが、起き出して異常がないか見て回っていた。
 そして彼らは目的の惑星には無事到達し、調査も終えて報告も送信し終えた。あとは帰るだけとなっていた。

 ところがどっこい、その帰る道すがらにトラブルが発生した。
 ある船員が当直として起き出した際に、何らかの原因により死亡したのである。
 しかも死亡した場所が宇宙船のコックピット。彼が死亡時倒れた拍子に、宇宙船の進路があらぬ方向に変更されてしまった。

 それより一年後にタイマーによって次の船員が起き出し事態に気づいたときには死亡した船員はミイラとなり果て、朱鷺号は広い宇宙で迷子となっていたのだった。

 事態に気付いた船員――尾崎さんという――は急いで他の船員を起こし、皆で協力して本来の進路、つまり地球を目指そうとしたわけだ。

 しかしどうしたことか通信系統が壊れてしまっていうのか、本国からの電波をキャッチすることができない。
 さらにはたった一年しか経っていないはずなのに、星図の位置が全く未知のものとなっていた。

 それでも、それでも彼らはあがいた。

 そしてもうだめかと思われたその時、全員の執念が実を結び、ついに彼らは地球への航路を見出したのだった。その辺はプロジェクトなんちゃら的なドラマがあったらしいが割愛。
 これで後は帰国するだけだった、はずなのだが。






 そこまで聞いたらさすがにそこからの展開が読めた。

「なるほど、船員の予想外に長期間な船内活動で食料が尽きた、と」
「そういうことなんだ。酸素と燃料は問題ないんだけどね」

 吉岡さんが肩を落とす。
 改めて見てみると、確かに七人の船員は痩せこけていた。食料を節制してきたのだろう。

 そうか……先ほどから口数少ない船員さんが私の持つビニール袋を穴があくほど見つめているのもその辺が理由なのだろう。ぶっちゃけ恐い。


 さて、今までの話で分かったことがある。
 彼らは私と同じく日本人ではあるが、同じ時代の人間ではない、ということだ。
 何しろ私が生きている時代にはコールドスリープなんて技術は実用化されていなかったし、有人飛行で何光年も先まで行く技術もなかった。しかも話を聞いた限りじゃ、光速を超える速さで航行しているようじゃないか。その上宇宙船の内部だというのに重力がある。かなり科学力が高いに違いない。パラレル日本か、あるいは近未来ぐらいが妥当だろう。つくづく異世界に縁があるようである。
 そもそも、現代日本人はきっと魔法陣なんて使えないはずだし。
 と思っていたら、

「この吉岡の阿呆はオカルトに凝っていてね。宇宙の力を借りれば自分の条件に合った人間を呼び出すことも可能だと言っていきなり談話室の床におかしなものを描き始めたからついに気が狂ったのかと思って焦ったよ」

 と苦笑するのは高井さんだ。
 オカルトで済ませていいのか? 現代日本からすれば世紀の大発見じゃないか? それとも光速を超える速さで運航できる技術力がある世界からすると大したことではないのだろうか。

「オカルトも馬鹿にしたもんやあらへんなぁ」

 縁なしの眼鏡をかけた男性がニヤニヤしながらこちらをじろじろと見ている。なんとなく人を小馬鹿にした感じが腹立たしい。

 それにしても、生への執念が魔術を成功させたというわけか。思う念力岩をも通す、である。

「なるほど、事情は分かりました。とりあえず手持ちの食材から料理を作ることはやぶさかではありませんが」

 過去に異世界に召喚されたことによって得た友人により、多少おかしな連中から命やら身柄を狙われるようになったものの、我が家は経済的に全く困らなくなった。寄生虫と呼ばわば呼べ。
 なにはともあれ、たとえ今しこたま買いこんだ食材をボッシュートされようが買い直せばいいだけのことである。多少手間はかかるが同じ日本人のよしみだ。

「話が早くて助かります。もうすっかり腹ペコでして。あ、申し遅れましたが私はこの船の責任者の立花と申します」

 見た目は三十代後半といった風体の男性が頭を下げる。何故か我が親友殿の側近ウォルターを彷彿とさせる人だった。たぶん頭髪のせいだろう。きっと苦労人に違いない。

「分かりました。では厨房へ案内していただけますか?」
「はい。お願いします。ええと……」

 立花さんが何かを迷うような顔をした。あ、そうか。

「申し遅れましたが、私は藤原と申します」
「そうですか。よろしくお願いします、藤原さん」

 立花さんは再び深々と頭を下げた。
 いやはや、前回に引き続き丁重な扱いである。



 ***



 さて、厨房スペースにやってきた私だったが、早々に匙を投げたくなった。
 厨房にはコンロがない上に鍋がない。というか、コンロがない。電子レンジらしきもの以外に調理器具がない。冷蔵庫すらないってどういうことだ。小さなシンクしか見あたらないので、一瞬普通の手洗い場かと思うほどだ。あるいはオフィスビルにありがちな給湯室。皿洗いはどうするのだろう。食洗機はないのか。
 唯一存在が確認できたのはレトルトパウチをあけるためにあるという謎の黒い棒だ。あとは皿。なにこれ無茶ぶりすぎるでしょ。

「……世の中には手刀でビール瓶を切り落とす超人がいると聞いたことがありますが、素手で加工加熱調理をするというのはちょっと厳しいものがありますね……」

 アボガドやイチゴなら素手でつぶせるが、カボチャや人参は素手でつぶせないぞ。

「ああ、普段地球で住まれている方には馴染みがないでしょうね。これなんかは宇宙飛行ように開発された万能キッチン用品なんですよ」
 私の様子に気付いた尾崎さんが説明してくれた。
 この人は宇宙船の異変に最初に気付いた人で、朱鷺号の中では数少ない料理ができる人なのだという。

「この黒い棒のこのスイッチを押してここをひねりますと、包丁になるんです」
「へえ」

 言いながら尾崎さんが操作をすると、確かに黒い棒は包丁へと変化した。刃が内部に仕込まれていたようである。

「NASAで開発された特殊な素材を使っているので色々形状が変化できるようになっていまして、こちらの方に捻るとピーラーになるんです」
「へえ、NASAで」
「こういう風にしますとフライ返しとして使えます」
「ほう」
「さらにこちらを伸ばすと麺棒に」
「すごいですね」
「で、こちらを押さえながらこっちへひねると下ろし金になりまして」
「多機能ですね」
「そうなんです。さらにこれをこうするとお玉に早変わり!」
「まあ素敵!」
「まだまだ、この製品はこれだけじゃないんです。なんとこうひねると計量スプーンに!」
「そんなものまで!?」
「さらにもう一つ、ここに折りたたみ式の菜箸が収納されています。これでおっちょこちょいなお母さんが調理道具を忘れても、これ一つあれば調理に困ることは一切ありません」
「なんて素敵! これがあればキャンプも楽々ですね! でもお高いんでしょう?」
「心配ご無用です! 今この番組をご覧になっている視聴者の皆様には、今ならもう一つこの万能調理器と大変便利な万能マジックスポンジを十個付けて驚きのプライスで!」
「……君たち料理しろ」

 深夜の通販番組のテンションでやりとりをしていると、気がつけば様子を見に来たらしい高井さんが呆れ顔でこちらを見ていた。

「腹を空かせた連中があっちで目を血走らせて待ってるんだ。悪いがもう少し巻きで頼むよ」
「悪かった」
「すみません」

 即座に謝った私と尾崎さんは、素直に調理を開始した。
 なんとなくこの人とは気が合いそうである。
 っていうか近未来? でも深夜のテレビショッピングはやっているんだろうか。伝統的なやり取りが未来にも生き残ってるのか。すごいな。

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