家事手伝いシリーズ その3

家事手伝い、宇宙へ行く その3

 親友殿は異世界の出身である。

 こんなことを公言すれば私がアルファケンタウリ系かいずこからか電波を受信していると思われるかもしれないが事実である。

 当初は親友殿の部下に呼び出されて異世界へとアルバイトのために出向いたのだが、まあなんやかんやあって今では親友である。

 彼女はかつて魔法が存在する異世界で魔族の王、いわゆる魔王を若くして務めていた才媛であった。現在は諸事情により魔王を一時休職し、地球にていずれ元の世界で返り咲くために雌伏の時を過ごしている。そのついでに世界各地で美食の食べ歩きもしている。最近ではこちらがメインになっている気がしないでもないが気のせいだろう。

 ついでに映画や漫画、その他数々の娯楽文化も彼女はいたくお気に召しているようだ。彼女は無尽蔵にピンクダイアと金が産出できる特異体質でもあるので、彼女が傍にいる限り資金は尽きない。その金に飽かして時折訪れるいずこかの組織の誘拐犯を華麗に撃退しつつ彼女の道楽の日々は続いている。おこぼれにあずかる形で私も絶賛ニート期間中である。働かなくても生活ができる私がどこかで働いてしまえば、無用に誰かの雇用機会を奪ってしまう。雇用機会均等法という法律もあるので私が働かないのは誰が何と言おうと褒められたことなのだと言ってみよう。言うだけはタダだ。公言すれば世間から非難を浴びせられるということは分かり切っているので他人には言わないが。

 さて、当初は異世界と地球との違いに戸惑いカルチャーショックに陥ったりしていた親友殿だが、今ではそんなことは全くなく、春には花見、夏には花火大会、秋には紅葉狩り、冬にはこたつでミカンとかなり日本に馴染んでいる。初詣にだって行ってしまうし、おみくじだって引いてしまう。うっかりその魔力で御本尊を降臨させてしまうことだってある。突如現れた神様に腰を抜かす人が続出した。ケータイやパソコンなどの電子機器も器用に使いこなし、もはや並はずれたその怜悧な美貌以外はネイティブと変わらぬほどの馴染みっぷりである。

 閑話休題、つまり私は彼女と今でも仲が良いのである。頻繁に一緒に遊びに行くし、互いの家を行き来したりもする。


 で、今日は本来ならば今頃明日のホームパーティーの仕込みを終わらせて新作の映画を見に行っている予定だったのだ。

 ところがどっこい、現在私は日本における魔王城(億ション)のリビングにて正座をさせられていた。
 目の前には怒り心頭の魔王陛下。その傍には未練たらしく競馬新聞を持ちながらラジオ中継をイヤホンで聞いている側近もいる。彼は先ほどまで競馬場にいたそうである。
 近未来風宇宙から日本に呼び戻された私は、約束をすっぽかした理由をなるべく私に非がないことを理解してもらおうと努めつつ説明していた。正座続行が続いているため、そろそろ足がしびれてきているので必死である。
 我が親友殿は私の話に怒りつつも呆れるという器用なことをしていた。

「まったく、信じられん! 約束の時間になっても待ち合わせ場所に来ないし、ケータイもつながらない、その上地球にすらいないときた!」
「面目ない……」

 怒った魔王は非常に怖いので、ひたすら低頭平身して詫びるしかない。

「まあまあ、ミシェルさん、そう怒らず。彼女だって不測の事態だったでしょうし」

 そうやってとりなしてくれるのは異世界からお伴してきた彼女の腹心の部下であるウォルターその人である。彼は日頃本来の紫色の肌を肌色に擬態させ、彼女の伯父ということで周囲には通している。さすがに日本で魔王を陛下呼ばわりはできないということで名前にさん付けで呼んでいる。

「いやー、なんていうか、もうここまで来ると召喚慣れっていうか、とりあえず料理作ったらいいかなって思って。映画の時間が押してるとは分かったんだけど、時差があるからまあなんとかなると思ってました、すみません」
「呆れるほどの呑気さだ」

 親友殿はため息をついて額に手を当てた。
 その呑気な人間が作った料理を食べてた人に言われましても、と私は内心でごちる。
 過去三回異世界に呼ばれた理由はいずれも食事作りだ。無論、私を呼び出したウォルターも同様である。その際に貰った召喚用指輪をつけていると常にウォルターとコンタクトをとることができるし、ウォルターの指定した場所に呼び出してもらうことができるのだ。今回待ち合わせに一向に現れず連絡もつかない私が地球にいないと気付いた親友殿が競馬場にいたウォルターを呼び戻して先の強制帰還となったのである。競馬好きの煙草呑み。酒はビールが好きというウォルターも、親友殿とは違った方面で日本に馴染んでいる。オヤジ臭さマックスである。
 それはさておき、経験則から言えば異世界と地球だと若干異世界の方が時間が流れるのが早いので、料理するぐらいならなんとか映画に間に合うかなと思っていたのだ。

「恐らく先生は過去に召喚された経験があるので、召喚対象になりやすくなっているのでしょう」
「二度あることはなんとやらというやつですか?」

 レースが決まったのか、ようやく競馬新聞を手放したウォルターの言葉に私が首をかしげると、彼は歴史の教師のように滑らかに言葉を紡いだ。

「異世界から召喚された人間は世界同士の膜を通ります。膜を通った際に、膜の間の空間とでも言いましょうか、そういった場所に通った人間の情報が記録として残るのです。最初に通る際が一番大変で、何度も膜を通った人間ほどスムーズに通り抜けが可能となります」

 いわゆる顔パスって奴か。

「術式には必要な人間を召喚するように条件が組み込まれています。中でも基本的に組み込まれているのは『取り乱さない』『害意を持たない』『攻撃的でない』などです。魔法は基本的に世界の膜に術式を投げかけます。そして世界の膜は面倒くさがりなところがありまして、『その条件なら以前通ったあいつも一致しているな、ならそれでいいだろう』となるべく膜を通ったことがある人間を使いまわす傾向があります」

 なんというリユース精神。世界の膜にももったいない精神が通じているのか。

「今回の場合なら『大人数の食材を用意できて』『冷静に状況を判断し』『気軽に協力してくれて』『料理が上手で』『健康な人間』ぐらいの条件だろう。まあ妥当な線だな」

 親友殿がうなずく。
 なんと。つまり私は世界の膜にとって都合のいい女ということか。

 というか、待て待て。

「みっちゃん、その話を聞く限りだと、私はまた召喚が行われた時には呼ばれるんじゃ?」
「だろうな。先ほどの話から推測するに、向こうは空腹になれば同じ魔法陣を使って再度お前を呼び戻そうとするだろう。作り置きはしてきたか?」
「あまり食材で作った分と、未開封のお菓子とインスタント食品をしこたま置いてきたけど」

 ばれないようにこっそりとキッチンに置いてきたのだ。今や冷蔵庫の中に食べられる食材はほぼない。
 私の言葉に親友殿はふん、と笑う。

「ならばそれが尽きた頃に呼ばれるだろう。今頃向こうではお前のことを女神だと奉ってるかもしれんな」
「やだ、みっちゃんたら私が女神なんてー」
「あやつらにとっては、だ。あと正座を崩していいとは言ってない」

 若干のツンデレの気がある彼女は、心底嫌そうな顔で私のハグを避けた。さらには私が正座に耐えかねて動いたということもお見通しらしい。さすが魔王は慧眼である。

 さて、というわけで近日再度宇宙に呼び出されると分かった私は、翌日に親友殿の誕生日を盛大に祝った後で色々な準備を始めた。
 といっても私にできるのはただ冷蔵庫の中に使えそうな食材をひたすら詰め込むことだけである。調味料は無尽蔵に作りだすことができるので、必要なのは食材と調理器具だけだ。

 そして宇宙船朱鷺号から帰還五日後。スーパーに食材を買い出しに行った帰りの私は再度訪れた軽いめまいと共に、見覚えのある空間へと呼び出されたのだった。

 呼び出された私は周囲を見回してぎょっとした。

 私の周囲には見覚えのある七人の男性たち。
 彼らは前回よりも血色は良いが悲壮な表情をしており、目の輝きが段違いでヤバかった。飢えた獣のような目をしている。

「ご、御無沙汰しております」

 おかしいな。彼らは何故このような危機迫った顔になっているのだろう。

 私がとりあえず挨拶をしてみると、数拍の沈黙の後、地の底から湧いた獣のような咆哮が部屋の中に満ちた。

「よかった! 成功した! ようやく、ようやくだ!」

 上半身裸で顔や腕にペインティングを施し、頭に鉢巻きを巻いてそこに鳥の骨をさすという狂人としか思えない格好で狂喜乱舞するのは吉岡さんだ。一体何があった。
 疑問に思っていると、尾崎さんががっしりと私の手を握ってきた。

「貴女が消えてから、火が消えたようで……!」
「食材残していったんですが、召しあがれなかったんですか?」
「いえ、ちゃんと加熱調理しました」

 ですよね。
 どうやら物理的に調理器具の火が消えていたわけではなさそうだ。

 この時の私はまだのほほんとしていた。
 前回前々回の私のアルバイトの雇用主と彼らが決定的に違う点があることに、その時の私は気付いていなかったのだ。

Copyright(C)2013 Ballast All rights reserved.

a template by flower&clover
inserted by FC2 system