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ガチで他人の異世界召喚

 ファンタジーが好きなティーンエイジャーなら一度くらいは夢想するんじゃないだろうか。
 自分が異世界に行くということを。

 例えばそれが女の子ならどこぞの国の王子の花嫁として召喚されたり、何かの巫女として召喚されたり、はたまた知らない土地に放り出されて帰り方を探したりするだろう。そして何故かイケメンに好かれまくったりとか。
 例えばそれが男の子ならどこかの国の勇者として召喚されて、お姫様を助けたり巫女さんと力を合わせたりして魔王を退治したり、その過程でフラグ立てまくって美少女に好かれまくってちょっとしたハーレムを作ったり。

 もしくは友達同士でトリップしちゃったり?

 なんいせよそういった妄想は痛いっちゃ痛いのだが、思春期ならばいいんじゃないかなと思う。

 ほんとにね。

 妄想の中でならいいんだよ。妄想の中でなら!








「ようこそ、勇者サマ。お待ちしていまし……た?」

 目の前で跪いていたローブの美少女が目をぱちくりとさせた。
 彼女の目の前には私ともう一人、恐らく本来の呼び寄せる予定だった男の子がいた。

 男の子は何故か私の上にかぶさった上に腰に腕を回して、まるで押し倒すような格好だったけれども。

「あら…………お楽しみのところ申し訳ありません、勇者サマ」
「違う! 君もどいて!」

 何故か妙に楽しそうに言われたので即座に私は否定した。っていうかお楽しみのところってなんなのよ。
 私の上からもそもそと退いた男の子はローブの美少女を見てから辺りを見回して不思議そうな顔をしている。
 私も改めて男の子の顔を確認して驚いた。何この美男の子。パリコレだろうがジュノンボーイだろうがいけるんじゃないの?

「あの……あなたは勇者サマの恋人の方ですか?」

 恥じらいで頬を染めつつローブの美少女が問いかけてくる。綺麗な碧眼であり、ミルク色の肌とピンクの唇と相まって殺人的な可愛さだ。
 しかし言ってることはとんでもない。

「巻き込まれた通りすがりの人間です。まるっきり赤の他人です!」

 私は力説した。

「あ、うん。なんか死なばもろともって思って」

 隣りにいた男の子がぬけぬけと言う。

 そう、それはついさっきのことだ――


 私がいつも通りバイト先から帰っていたところ、道端に猫がいたので思う存分その姿を写メっていた。人懐っこい猫で撫でても平気だったので喉を撫でていたらゴロゴロとのどを鳴らしてきたため、さらにテンション高く猫を可愛がっていた。
 しばらく猫を可愛がっていると、私の背後を誰かが通る気配がした。
 そして「うわっ」という声が上がった。
 思わず振り返ると、すぐ後ろに背が高いので顔は見えないが学ランを着た子が棒立ちになっているのが見えた。
 その先の地面には赤く光る魔法陣めいたものが宙に浮いていた。
 ごくごく一般人である私は魔法陣めいたものがなんなのかさっぱり分からず、猫を撫でながら呆気に取られていた。

 そして気付けばがしりと腕を掴まれている感触がしたわけで。
「ちょ、離してよ痴漢!」
 思いっきり叫んでみたが、その手が緩むことはない。必死で走って逃げようとするが、ことごとく無駄に終わった。
 手を払おうとしたら逆に腰に腕を回される始末。何故かずるずると魔法陣らしきものの方向に引きずられることに恐怖を覚え、すぐそばにあった電柱にしがみついたが魔法陣は驚きの吸引力だった。こんな抵抗してるんだから弱ってくれてもいいと思う。吸引力の変わらない魔法陣なんてどこに需要があるのか。

 そうして腕がこらえきれずに電柱を離してしまい、私は見知らぬ男の子とともに魔法陣っぽいものの中に吸い込まれたのだ。


 ――そして今に至る。


「……どこの誰だか知らないけど歯ぁくいしばれ」

 ふつふつと怒りがわいてきたので私はこぶしをしっかりと握りしめた。

「はは、怖いなー。女の子がそんなこと言っちゃ駄目だよ?」

 あれこれファンタジーものを読んで色々妄想しているせいか、私はあっという間に状況が呑み込めていた。ええそりゃもう、信じがたいことだとは思うけどどう考えても私の周囲のいかにも神殿でございってな風景に一瞬で拉致するのは難しいと思うし、そもそも赤い魔法陣を見た上にそこに引きずり込まれるまでの感覚を体感しているのだ。こちらに来るまでの妙な感覚も覚えているし、これがドッキリなわけがないと本能的にも理解していた。そして若干メルヘンで構成されている理性も私がこの男の子の召喚に巻き込まれたのだということも理解していた。
 だからこそ殴りたいの!

「まぁ! せっかく召喚したのに痴話喧嘩などおやめ下さい!」

 ワタワタと美少女が止めに入る。
 っていうか痴話喧嘩どころかそもそも私はこの男の子と知り合いですらないんだけどね! 赤の他人です赤の他人!

「うーん、ってかさー、そもそもこれって何? ドッキリ?」

 男の子が首を傾げている。
 美少女も首を傾げた。

「ドッキリが何かは存じませんが……ええと、これは勇者召喚の儀式です。私達の窮地を救ってくれる勇者をお呼びしたのです」

 はいはい、テンプレテンプレ。

「勇者サマの奥方様まで巻き込むつもりはなかったのですが……申し訳ありません」
「だからこの子とは赤の他人だって言ってんでしょ!」

 え、何、スルーなの? 私の発言はスルーなの? しかも恋人よりさらにランクアップしてない?
 そして私の発言はスルーされてチュートリアルめいた説明が続けられた。

「私は神宮寺エレナと申します。今、私達の属するアジアリコンバイン連盟が滅亡の危機に瀕しているのです。このままでは私達は大人から子供に至るまですべてがすべて虐殺されてしまいます。勇者サマの力が必要なのです。どうか、どうか私達を御救いください!」

 そう言って胸の前で手を組んだ神宮寺エレナはハラハラと涙を流した。
 はいはい、テンプレテンプレ……って、んん?

「神宮寺エレナに、アジア?」

 なんだろう。とてもとてもとても知ってる単語とかなじみ深い感じの名字な気がする。
 なんか、嫌な予感がする。

「もしかして、ここって日本なの?」

 男の子が目を丸くして言った。
 どうにか否定してほしかったのだが。

「はい。ここは西暦3290年5月31日、アジアリコンバイン連盟の東京支部。――あなた方からすると、未来の日本です」


 巻き込まれて異世界トリップしたかと思ったら実はタイムスリップでしたー、なんてね。ははは。

 …………冗談だよね?





「ちょ、ちょっと待って!」

 さらに詳しい窮状を口にしようとした神宮寺さんを私は必死で止めた。

「私、この子に巻き込まれただけだし返してくれない?」

 私が言うと、神宮寺さんははっとした表情になった。

「そうですね。そうしたいのは山々なんですが…………」

 神宮寺さんはへにゃりと眉を落とした。
 次に言葉が発される前に、ふっと周囲の照明が暗くなる。

「ちょっと電力不足で、電力が安定するまでお返しすることは難しいんです」

 てへっとでも言いそうな顔をしたエレナさんに一気に脱力感を覚えた。

「ま、いーんじゃない? これも何かの縁だし、一緒に頑張ろうぜ」

 男の子がポンポンと私の背中を叩く。
 何かの縁っていうか君が引きずり込んだんじゃないの! よくもまあぬけぬけと!

 こうして私の異世界旅行ならぬ異時間旅行が始まったのだった。

 私が自分の不幸を呪っていると、男の子がニコニコ笑いながら自己紹介を始めた。

「俺は速川俊太! 高校二年生の血液型はO型! 好きな食べ物はオムライス、趣味はサッカー! よろしくな!」

 ぱっと見はいかにもそういう爽やかスポーツマンな美男子だ。年下ワンコ系? 黒髪黒目のごく普通の日本人的な色見。顔のバランスが黄金比かと問いたくなるくらい整っている。町ですれ違ったら間違いなく振り返るくらいかっこいい。でも私の好みは年上のダンディーなおじさまなのでまるっきり対象外。でも速川俊太ってどこかで聞いたことがある気がする。どこで聞いたんだっけ。

「私は水上沙織。同じく高校二年生。趣味は読書と睡眠。好きなものはおうち。なるべく早く帰還お願いします」

 なんとなく自己紹介しなきゃいけない雰囲気っぽいので私もしておく。私は空気読める日本人ですから。
 そして何故か神宮寺さんもローブのフードを取って自己紹介を始めた。神宮寺さんの髪は綺麗なプラチナブロンドだった。

「神宮寺エレナです。歳は48歳、アジアリコンバイン連盟代表の補佐と科学部門代表を兼任しています。趣味は研究、好きなものはマー君です。急に連れてきてしまって申し訳ないんですけれど、お二人ともよろしくお願いしますね」

 …………色々突っ込みどころが多すぎて困る。

「すっげー! エレナさんて若いんすね!」

 暢気に速川君が感心している。
 確かにその十代にしか見えない若さをキープするアンチエイジングの技術力は気になるけどそれよりもっと大事なポイントあったって!

「神宮寺さん、連盟代表の補佐なんですか?」

 それってちょっと、いやかなり偉い人じゃないだろうか。

「はい。ですから連盟を助けるべく切り札を用意していました」

 神宮寺さんはそういうと、先ほどまでのほわほわした様子が嘘のように真剣な顔になった。

「今一度お願いします。速川様、どうか我々に力を貸していただきたいのです」

 速川君を見つめる目は、真剣そのものだった。
 関係のない私でさえ緊張するほどの迫力だ。
 目に見えない糸がピンと張られているような感じがした。思わずごくりと唾を飲み込む。
 が、

「いいっすよー」

 速川君の答えはこれ以上ないくらいライトなノリだった。思わず速川君の顔を二度見してしまう。

「まぁ、ありがとう!」

 そしてそれに神宮寺さんもごくごく普通にのっかっている。
 いいの!? それでいいの!? おつかい了承するぐらい軽いノリだったよ!?

 唖然としている私に、何故か神宮寺さんは楽しそうに笑いかけてきた。

「それと申し訳ないのだけど、沙織さんが帰るまでの衣食住の保障はさせていただくから、うちのお手伝いお願いできないかしら?」

 ニコニコといかにもいい人っぽい笑みを浮かべて言う神宮寺さんだが、その瞳の奥に肉食獣が見えた。
 どうやら断るという選択肢はないっぽい。

「協力させてイタダキマス…………」

 この時に、神宮寺さんたちが勇者にどんなことを求めているかを知っていたら意地でも断っていたのに、と私は後に思う。
 まあどの道引きこまれてはいたんだろうけどね。



 さて、驚いたことに私達が召喚された神殿チックな部屋は実はすべて3D映像による虚構のものだった。要するに雰囲気が大事だから、ということらしい。そんなことに回す電力があるなら一刻も早くタイムマシーン(仮)を起動させる電力を確保してください。
 ちなみに神宮寺さんはローブを脱いだら普通の軍服っぽい格好だった。それはそれでロマンがあるけどね。

 詳しい事情や仕事については食事をしながら、ということで私達は違う部屋へと案内された。

 全体的に白っぽい建物は見た目だけなら私達がいた2000年代となんら変わりがないように思える。
 硬質な床はどこかバイオハザードの研究室を彷彿とさせた。不吉だ。

「ねぇ、マジでここって西暦3000年オーバーなの? ドラえもんとかどこでもドアとか出来てる? スターゲートとか!」

 うふふ、死ねばいいのに。
 なんでこいつこんなに暢気なの。美少年だから目の保養にはなるけどそれ以上に腹立たしい。ほら、自分が難しい問題解けなくてイライラしてるときに隣りで暢気に昼寝されたりゲームされたりすると腹が立つでしょう?

「そうですねぇ。ドラえもんはできませんがアンドロイドならある程度稼働していますよ。でも人型の機械はあまり用いられませんね。機械として効率のいいものじゃありませんから」

 へぇ。やっぱりそういうものなんだ、と私は感心した。
 この時神宮寺さんは省いたが、実は愛玩用やダッチワイフとしてはアンドロイドが普及しているということを私は結構後になってから知った。

「神宮寺さん、ドラえもん分かるんですか?」

 私は彼女の言葉に驚いた。

「ええ。私も子供のころは見ましたから」

 ニコニコと笑う神宮寺さん。私は不二子先生のすごさに驚嘆していた。

 さて、ようやく食堂らしき部屋についた。神宮寺さんは入口のところにある機械で静脈認証っぽいものをして扉をあける。SF映画で見るようなメタリックな扉が左右に開くのはなかなかおもしろかった。さっきの部屋は普通のドアだったしね。

 中はごく普通の部屋だった。
 窓はないけど照明のおかげで明るいし、机や椅子の形状は見た目は変わらない。

「さあ、おかけになって下さい」

 神宮寺さんが椅子を勧める。四角いテーブルに対面するように二つずつ並んでいる椅子に、私と速川君で隣り合って座る。その対面に神宮寺さんが座った。

 それからすぐに神宮寺さんよりも簡素な軍服を着た女性がカートを押してきた。その上に乗っているのはご飯に味噌汁、焼き魚にサラダと漬物だった。デザートにゼリーがついている。

「………………フツーだ」

 速川君が目茶苦茶がっかりしている。
 未来だからもっと未来的なな食事が出ると思ったんだろう。私も思っていたけど、これはいい意味で期待が裏切られた。これなら日本食が恋しくなることはないだろう。

 不思議なことにお茶碗は保温性に優れているのか、みそ汁もご飯もお椀によそった状態で出てきたにも関わらず、冷めた様子がない。流石は未来。それにいい匂いだ。

 そして。

「うまい!」
「おいしい!」

 私達は驚嘆の声を上げていた。
 見た目はほとんど自分たちが知っているものと同じなのだが、味が圧倒的に良いのだ。

「ふふ。品種改良や料理の研究は日々進んでいますからね。千年前と同じものでも味は違うんですよ」

 神宮寺さんがニコニコ笑う。なるほど、そういうものなんだなぁ。考えてみればご飯は昔からあるし、みそ汁も江戸時代ぐらいからあったはず。でも昔よりはずっと美味しくなっているだろう。ああ、トマトやチョコレートなんかも美味しくなった代表例だっけ。

「食べながらで良いので聞いてくださいね」

 そう言って語りだした神宮寺さんの話の内容は、どう考えても食事中にするようなものではなかった。







 ――リコンバイン。それは私達の時代では、デザイナーベイビーと呼ばれていたものだ。


 生まれてくる子供の遺伝子をいじって、より優秀な子供を作り出すという技術。けれどそれは神への冒涜とも言える、命の質の選択。また、遺伝子操作をすることによって遺伝子格差社会というのが出来る懸念も持たれていた。リコンバインは選民思想、優生思想を増長させるという面もあり、倫理的に多くの人は否定的な意見を取っていた。
 また実際問題として人間の遺伝子の意味が完全に解明されていないということもあり、実現は難しいとされていた。

 ところが2500年を過ぎたころに、ある天才科学者によって人間の遺伝子が完全に解明されたことがきっかけとなり、より高みを目指した人間によってリコンバインが生み出されるようになったのである。倫理的に問題があると言われても、優秀な子供ができるという魅力には逆らえなかったのだ。
 当初は「出来そこない」と呼ばれる人間も多かったのだが、技術は進歩を続け、100年後にはほぼ完璧と言っていいほどの人間の遺伝子操作技術が確立された。

 そしてリコンバインはあるところでは堂々と、あるところでは秘密裏に生み出されていった。

 次々と生み出されていく人工的な天才たちに、人々は当初歓喜を持って迎え入れた。
 精子バンクと違い、リコンバインは遺伝子を組み替えたとしても生まれた赤ん坊は間違いなく自分たちの血が流れている。しかし自分たちの血が流れているはずの子供は、自分たちでは理解が及ばないほどの天才となった。

 そして恐ろしくなったのだ。

 自分たちよりもはるかに優秀な子供。
 学習能力が高く、運動神経が良く、器量も良い。
 彼らは一歩育て方を間違えれば、最悪の凶器となった。

 そしてネイティブ――非リコンバインによる魔女狩りが始まった。

 コンプレックスを抱えたもの、宗教人、リコンバインの犯罪者から被害を受けたもの、その他大勢の人間が成長したリコンバインたちを迫害し、同時にリコンバインを生み出す科学者たちを迫害した。

 リコンバイン達も当然応戦した。
 しかし優秀な彼らは、圧倒的に数が少なかった。その上彼らは若すぎた。

 そしてリコンバインを擁護する人間と迫害する人間の間に、深く埋められない溝が生まれてしまったのだ。








 それなんてガンダムシード? と言いそうになった私ったが、ぐっとこらえた。私からすればそれこそ漫画の中みたいな話だが、彼らからすれば切羽詰まった問題なのだ。

「リコンバイン側の人間って、全員がリコンバインってわけじゃないよね?」

 夢中で食べながらも話は聞いていたらしい速川君が質問をした。なんか単純そうだから一気に憤慨するかと思っていたので少しばかり意外だ。

「ええ。リコンバインの家族、友人、その他にも反リコンバイン派に賛成できない人たちがいます」

 へぇ。人間も捨てたもんじゃないんだ。
 あれ、でもちょっと気になるなぁ。

「最初の時、神宮寺さんはこのままじゃ殲滅されちゃうみたいなこと言ってましたよね。リコンバインは国際的に迫害されている、と見て良いんですか?」

 その質問に、神宮寺さんは悲しそうな顔をした。

「表立ってはそうではありません。ですが、リコンバインについては殺されても深くは調べないという暗黙の了解がどの国にも存在します。そのため、過激派の活動が止められない状況です」
「なんだよそれ! リコンバインならどうなってもいいってのか!?」

 突然速川君が声を荒げた。先ほどまでの落ち着いた様子は少しも見られない。速川君の変貌ぶりに私は目を丸くした。

「…………ほとんどの人々はただ、怖いだけなんです」

 泣きそうな顔で神宮寺さんは笑った。

「リコンバインは世代が新しくなるにつれ、より優秀な人間を輩出します。それこそ、ネイティブの人間ではありえないくらいの能力を有するものもいます。それがただただ、ネイティブからすれば恐ろしくて仕方がないんでしょうね」
「そんなの……! 同じ人間なのに!」

 速川君は激昂していた。
 その様子を見て、ふと私は速川君の事を思い出した。

「北高のミスターパーフェクト……」

 私の呟きに速川君はぎくりと体を硬直させた。

 思い出した。速川俊太といえば、うちの近所の北高のアイドルだ。見た目も性格も頭も運動神経もいい天才、何をやらせても惜しみなく才能を発揮し、その上家も金持ちというまさに完璧人間。あまりのネーミングセンスのなさに当時は思わず笑ってしまったのだが、彼のファンが同じクラスにいてかなり睨まれた。校内、校外にもファンクラブがあるという希代の男子高校生である。

「なるほど。速川君はリコンバインの人と似てるね」

 言下に速川君から睨まれた。美形が本気で怒ると怖いと言うが、真実だ。その迫力に圧倒される。

「水上さんもネイティブと同じ考えなのか?」

 殺気のこもった声で言われ、思わずぶんぶんと首を振る。

「わざわざ殺そうなんて思わないよ。……気持ちはちょっとだけ分かるけどね」

 付け加えた言葉で、速川君から向けられる殺気が一気に膨れ上がった。
 恐っ。北高のミスターパーフェクトは性格が良いって話じゃないの?

「気持ちが分かるというのは?」

 神宮寺さんが尋ねてくる。彼女は思いのほか冷静だ。
 私は苦笑した。

「すごすぎて怖い、という感情は私自身も持ったことがあるんです。まあ簡単なので言えばリンゴを握りつぶす人とかね。だからってその人たちを排除しようとは思いませんけど」
「それが普通でしょうね」

 速川君からの鋭い視線に冷や汗をかきながらの言葉だったが、神宮司さんはごくごく普通にうなずいてくれた。
 迫害の対象である神宮司さんがそういった態度を取ったため、速川君もものすごく渋々ではあるが鋭い視線を引っ込めた。

「それで、俺が勇者っていうのはどういうわけっすか?」

 まだ若干不機嫌そうな顔をする速川君に、神宮司さんはむずかる子供をあやすような優しい顔で笑った。

「勇者というのは比喩だけれど、あなたたちはリコンバインと反リコンバインの人たちの懸け橋になれると思うの。沙織さんも巻き込んで申し訳ないのだけれど、協力してね」

 その時の私は、まだどこかのんきに構えていた。何しろ、召喚されたのは速川君だからだ。
 まさか神宮司さんがあんな無理難題を吹っ掛けてくると知っていたら、決して私はこの時に安易にうなずいたりはしなかっただろう。







*****


2011年ごろに書いたもの。
書いてる途中で友達から聞いたガンダムのあらすじと似てたことにがっかりし、それでもネタにしつつ区切りのいいところまで書いたけど没にしました。
没にしたときに続きのプロットも捨ててしまったので先の展開も不明。
多分子作り系なのでそういう意味でも没にして良かった気がする。
後に家事手伝い2に設定が流用されました。
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